【親友に伝えたいこと】悲しみに包まれ、涙した話【初めての雑記】P.1

大切な大切な、弟と親友に会いに行きました。

私は、弟のことはよく覚えていません。最後に直接関わったのが、20年くらい前だからです。

親友とは、成人を迎える年にお別れをしたので、よく覚えています。

ですので、少しだけ、親友とのエピソードを書きます。

親友とは、保育園年長の頃からの付き合いでした。親友は、ずっとヘルメットを被って、ブランコに乗っている子でした。

元々、幼稚園通いだった私は、年中の頃に保育園に移動してきたため、あまり友達がいなかったことを記憶しています。自由気ままに折り紙をするような子でした。

同じ保育園ですから、小学校も中学校も、親友と同じ。

けれど、小学校の頃は、親友とはかかわりがありませんでした。

私の小学校は、マンモス小学校と呼ばれ、
1学年で、1クラス40人の6クラス。計算すると、40×6で、240人の同い年がいるような学校です。6年間通っても「顔も名前もよく分かりません。」という人が少なくありませんでした。

親友とは、一度も同じクラスにならなかったので、かかわりが無いのは仕方ないですね。

では、中学校で、同じクラスになったのでしょうか?

……いえ、中学校でも同じクラスにはなりませんでした。

私の仲良しの友達と、親友は仲が良く、下校の時に3人で帰るようになり、かかわりが生まれたのです。そんな些細なきっかけから仲良くなっていったんだと思います。本当のところは仲良しになった理由なんてよく覚えていません(笑)

事実なのは、私にとって、親友がかけがえのないくらい親友だったということ。

中学を卒業し、親友とは別の道に歩みますが、親友とのかかわりは消えませんでした。

仲良しの友達同士の恒例イベントっていうお泊り会ってやつも、親友とが初めてでした。自分の家と比べ物にならないくらい、居心地がよかったです。夜が終わらないでほしいと思い続けていました。

大学生になったころでしょうか。

親友は、

「左手の感覚がない。」
と、よく言うようになったのです。それでも、親友の笑顔は消えませんし、頻繁に私にメールが来ます。アルバイトや学業で忙しかった私の元に、時々、

「集合」

というメールも来ます。これは、「遊ぼう。」という意味です。舎弟関係ではないです(笑)

けれど、当時の私は、夢に向かって必死でしたから、

「ごめん。今日は無理。」

と、断ってしまうことが多々ありました。それでも、親友は変わらず、連絡をくれますし、私が暇なときに、集合をかけると、すぐに集まってくれていました。

「左手が上手く使えなくて、他の高校生に笑われる。」

あるときの集合中に、親友がこんなことを呟きました。そして、アルバイトの愚痴を話すようになったのです。

そのときの私は、

「社会に出ると、嫌な奴がいるもんだよね。うちのバイト先にも、腹立つ奴いるよ。」

と、親友の左手のことを気にも留めず、バイト先の嫌な奴の話をするだけでした。

今思えば、その時から、親友の体調は悪くなりつつあり、死が傍に近づいていたのかもしれません。

大学も春休み中、その日は、エイプリルフールの日でした。

「〇〇(親友の名前)が、突然、嘔吐をして、今、入院をしています。会いに来てもらえませんか。」

親友の母親から連絡がありました。そのときも、私は、まだ、甘い考えでした。

「分かりました。明後日、他の友達も呼んで会いに行きます。」

昔の私、明後日ってなんなのでしょうか。

どうして、電話があったその日の内に会いにいかなかったのでしょうか。

明後日、病院で親友の代わり果てた姿を見て、私は、何も言葉が出なくなりました。
親友の周りを囲んでいる人は、精一杯、親友のことを起こそうと、目を開けようと、意識を取り戻させようと、必死に叫んでいるのに、私は、何も言えずに立ち尽くすだけでした。

「こんなところで、お別れになんてなるわけないよね。」

まだ、楽観的な思考な私。一度、病室から離れ、病院から少し離れたBookoffへ足を運び、親友が入院中に退屈をしないようにと、クロスワードや適当な本を購入し、親友の枕元に置いて帰宅しました。

それが、最後の別れでした。

親友と最後にした会話は、覚えていません。

最後にもらったメールは、

「自転車保険、加入しておきな。」

という、親友らしい、私のことを気遣ったメールでした。
特に、そのメールの前にやりとりもなく、突然送られてきたメールです。親友はいつもそうです。何の脈絡も無く、こういうメールを送ってくるのです。きっと、ニュースか何かで自転車の事故について見たのでしょう。

そのメールに、返事もできずにお別れとなりました。

親友ともう二度と会えないなんて感覚は、よく分かりませんでした。親友の家は残っていますし、親友の部屋もあります。親友からもらったシルバーネックレスだって手元にあります。いつだって私の近くにいるような気になります。

親友と一生の別れをして約5年が経った今、悲しみに溢れました。こんなにも泣いたのは、お通夜以来です。時間が経てば経つほど、親友との思い出は輝きを増し、寂しさが膨れ上がっていきます。

でも、もう私は感情に支配されません。

これから、また、前を向いて進んでいけるよう、この場を借りて、親友へ伝えます。
約15年間、私と友達でいてくれて本当にありがとう。私が命尽きる、そのときまで、私の中で、ずっと生き続けて。

そして、自分勝手なお願いだけど、本当に躓いた時、挫けた時に頼りにさせて。
もし目の前にいたら私に何ていうかなんて考えて、

私の背中を強く押してね。

一度も伝えられなかった言葉、

「大好きです。あなたは、私にとって欠かせない存在です。」

届いているといいな。

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